遺品整理体験談:愛と記憶を尊重する片付けの物語

29歳女性 家族総出で80代祖母の遺品整理をするため、週末県外へ。

私は20代後半女性です。父方の祖母が80代後半で亡くなり、遺品整理を経験しました。他の祖父母たちは私が幼少時に亡くなったので、私は遺品整理に初めて関わったことになります。両親に誘われ、両親と私と妹で、祖母の三回忌を終えたタイミングで、祖母宅に行きました。

祖母の自室を中心に遺品整理に取り掛かりました。懐かしい気持ちと共に、この膨大な量のモノたちをどう整理したら良いのか正直途方にくれました。私たちは祖母宅から車で3時間の県外に住んでいましたので、1回の訪問で短期集中的に遺品整理する必要がありました。

8畳ほどの部屋でも、両親と私の大人四人でも、朝から晩までかかりました。思っていたよりも時間がかかりました。後悔していることは、その遺品に関わる思い出話をよく聞いておいたらよかったということです。

また、どれを保管してどれを処分するか、誰に譲れば良いのかを祖母本人に生前できるだけ細かく訪ねておくべきだったね、と両親とも話しました。というのも、祖母は、生前、茶道の師範として多くのお弟子さんを持って茶道教室を開いていました。

しかし、それも亡くなる10年ほど前までの話でした。祖母が使っていた茶道具は、祖母は、私たち孫の誰かがいつか茶道をやるのではないか、という期待を亡くなる直前まで持っていたため、大量の茶道具をお弟子さんには譲らず、自宅に保管していたのです。しかし、孫の誰も茶道を引き継がなかったため、結局、茶道具は今回の遺品整理で処分することになりました。

せめて祖母と関わりのあった人たちに、と思いましたが、お弟子さんの連絡先や、中古品を引き取ってくれる茶道具店を探すのにも時間がかかり難航し、貴重な時間を取ってしまいました。

また、60代後半の両親にとっても、この遺品整理はかなりの重労働でした。母は、遺品整理で腰を痛めてしまい、このような結果になるならば、初めから業者に頼んだらよかったなと思いました。

両親、祖父母など、自分より世代が上でいずれ遺品整理をするのが確実な親族に対しては生前に遺品についても話し合いしておくことをおすすめします。

62歳 男性 叔父の遺品を整理したら。

私と妻、長女(未婚)に犬が1匹の家族で1軒家に住んでいます。今回遺品整理をしたのは叔父です。私の母の妹の旦那で、私より10歳下の女の子がいて子供の頃から一緒に遊んでいたのでとても身近に感じていました。この子も結婚して、叔父の家の隣に家を建てて住んでいます。そんな叔父が亡くなりました。

叔父は頭が良く、大手の会社に勤めていて、それなりの地位に付いていました。何時も高そうなスーツを着て家に居る時もスーツ姿で私服を見た事が在りませんでした。良く家に来て、私の父と飲んでいました。とても楽しい人と言う印象があります。

母の妹はもう亡くなっていて、定年後は1人で暮らしていましたが、何処かに女の人がいると言う話は来ていました。定年後に服装ががらりと変わって来たのです。腕にはブレスレット、首には太めのネックレス。ちよっと近寄りがたいイメージになっていました。

聞いた事の無い宗教にはまっていた様です。叔父が亡くなったと連絡を貰い、直ぐに駆けつけました。2階建ての1軒家に1人で住んでいたのですが、娘さんも隣に居てめったに行った事が無かったそうで、家をどうするのか、遺品はどうするのか話し合いましたが結論が出ず、とりあえず隣に居るのでゆっくり整理するということになりました。

私と、私の姉に段ボール3個分も遺品が入って居たのですが、一度家に行き色々見てみましたが、何の宗教か分かりませんが、そのたぐい物が多くてびっくりしました。この遺品は勝手に処分出来ないと思いました。余談ですが、夜になると叔父の家で何かの音がするそうです。

段ボールの中を見るとそれらしき物が入って全て置いて来ました。娘さんと私と姉で話会いましたが、結論はその宗教の関係者を探して、この遺品をどうすればいいのか相談してみようと話がまとまりました。きんきら金の物が多く相当金銭を使っていたと思われました。未だに何という処か分かりません。叔父も可なり変わっていた人だったので納得はしています。叔父らしいと思います。

40代 親しかった従兄弟の遺品と向き合って。

私は、40代の主婦です。

遺品整理をしたのは、5年前に、52歳になる前に持病が悪化して亡くなった従兄弟のものです。

その従兄弟は、私の家から車で7分程の一軒家で、高齢な母親と2人で暮らしていました。

優しく穏やかでいつもニコニコしているような人でしたが、病気のせいで結婚を考えることもなく逝ってしまいました。

彼の母親で、わたしにとっての叔母は高齢になっても、無邪気で可愛らしい感じの人で、彼の1周忌が済むと、あんたの好きなようにで良いからたのむわ。と言って、彼の遺品整理を、私に持ち掛けました。

慌ててすることもないし、都合がつく時で良いからと。

好きなようにと言われたので、業者に頼んで、すぐにかたずけることもできたのですが、なんとなく他人に任せるのが気が引けて、できるところまでやってみようと思いました。

叔母の家の2階が彼のスペースで、自営業だった彼は、その3部屋を事務所、趣味の部屋、自室にしていました。

ネットで調べれば、口コミもあって、専門的な分野のいろいろな業者が見つかり、本当に助かりました。

パソコン、電子部品、電化製品を着払いで買い取りもしてくれる会社に12箱もの段ボールで送りました。

スチールのたくさんの棚、事務机、小型の電化製品などは鉄屋さんに集荷してもらい、本、CD、ゲームソフトなどはBOOKOFFに沢山の段ボールで送り、買い取って頂いた料金は、すべて叔母の口座に入金してもらい、入金があるたびに、叔母とお寿司を食べに行きました。 

最後に彼の部屋が残ったのですが、なかなか手が付けられなくて困りました。

もう、掃除や整頓をする体力がなかったのか、彼の部屋は、出しっぱなしの食器や、脱ぎっぱなしの衣類などがあり、彼が再び拾い上げてくれるのを待ってるように感じて、何度も涙がこみ上げました。いつ、叔母が休憩のお茶にしようと、呼びかけてくるのか分からないので泣けないし、そんなところで泣いてる顔は、どうしても叔母に見せたくなかったので。

また、叔母のほうにも、私が役目を終えたら、今までのようには私が通って来ないと危惧していたようで、作業を遅らせようと度々お茶に誘ってるようだったので、付き合わないわけにはいかなかったのです。

そんなふうに悲しい気持ちやら、叔母の天然に笑いながら、のんびりと、7か月程で彼の遺品整理を終えました。

彼にはもう会えないけれど、なんだか彼と叔母との濃密な時間を過ごせたと思うし、きっと彼が、一人にしてしまった母親のことをとても心配していると思うので、こうして叔母の近くにいる事ができて良かったと思います。

タイトルとURLをコピーしました